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安藤紘平

大分前の事だが、我が家の食卓に、カレーライスが頻繁に出された事がある。嫌いでは無いのだが、あまり度重なるのに思い余り、恐る恐る我が女房殿にその訳を尋ねたものだ。ところがどうであろう。彼奴、ぬけぬけと‘朔美さんが来そうな気がして・・・’と言うではないか。

私自身相当程度愛されているに違いないと自惚れていたのだが、その実の夫を前にして、朔美さん云々もあったものか!!

激昂して手を振り上げようとしたその時、女房少しも慌てず言うことは・・・、いや、それを待たずして我に思い当たる節があった。

彼、すなわち萩原朔美君、このところ頻繁に我が家を訪れる。しかも決まって夕刻、ガラガラと戸を開けるや否や、‘今日はカレーだ!’と大声で叫ぶのである。

また、その間合いが絶妙で、‘今日はカレーじゃないよ‘と返答する間も無く、疾風のように上がり込み、その日のメニューをさっと平らげて、風のように去って行くのだ。

種子島という美しき島に生まれ育ち、純朴な精神を持ち合わせた美しき妻はそれを真に受け、来る日も来る日も、今日こそは彼にカレーを食べさせてあげたいと思うのであるが、そういう日に限って萩原朔美君は来ないのである。

『日本の個人映画作 3』 映像文化罪保護委員会 1976年