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飯沢耕太郎

萩原朔美の発想の秘密を解きあかす興味深い展示だった。展示作品は二部構成で、第一部は大学の研修で滞在したオーストラリアで撮影された「樹」のシリーズ。なぜか吸い寄せられるように撮り始めたということだが、樹肌が赤く露呈したり、山火事で黒焦げになったりした樹木たちは妙に生々しく肉感的だ。その動物的とでもいうべき生命力は、日本のおとなしい樹とはまったく異質なもので、萩原の、何か珍しいものが目の前にあらわれた時にぱっと飛びついていく鋭敏な生理感覚や反射神経がよくあらわれている。

もうひとつは「観覧車」のシリーズである。たまたまブリスベンの美術館に展示を見に行った時に、建造中の巨大観覧車に出会い、これまた反射的にシャッターを切ったのだという。「インスタレーションの作品」を思わせる移動式の観覧車は、オーストラリア各地にあらわれては消えていく。その「夢のような」たたずまいにすっかり魅せられてしまった萩原は、日本に帰国後も各地の観覧車を撮り続けている。おそらく天性のコレクターの資質を備えた彼のことだから、この次には世界中の観覧車を撮影する行脚が始まるのではないだろうか。

美学者の谷川渥がこのシリーズを見て「差異と反覆だね」と評したのだという。言い得て妙というべきだろう。萩原の作品には、いつでもこの微妙に異なったイメージがくり返されるという「差異と反覆」の魔術が組み込まれている。「観覧車」のシリーズは、最初は正面から円形のフォルムを強調して撮影していたのだが、最終的には真横から垂直に屹立するように撮る構図が選択された。それはこの角度から見た観覧車が、目眩を生じさせるような「差異と反覆」の効果を一番強く発揮できるからだろう。

artscapeレビュー 2010年10月26日